Masukラグナシアの道具屋だった。 いまちょうど雨が降っていた。空は曇っており、道具屋の屋根をしずくがしとしとと叩いている。水気を含んだ砂地は焦げ茶色に染まっていた。町のNPCたちは両手を広げて空を仰いでおり、「恵みの雨だー」と声を上げている。子供たちが嬉しそうに小躍りしていた。ラクダが舌を出して雨を舐めている。「グオォー」と低い鳴き声が響き渡った。 砂漠に雨が降ることは滅多にないと聞く。もしかしたらトウマたちがボスを攻略した影響なのかもしれなかった。枯れていたオアシスは水を取り戻すのかもしれない。:雨だ!:これでオアシスに水が戻る。:ガラボロスが撃破されたみたいですね。 道具屋の屋根の下、ベルフラウたちはソフトクリームを食べていた。野営地から帰還すると、食材屋では牛乳が売っていたのである。三種のアイスクリームのレシピのうち、一つはこれだった。舐めてみると、ソフトクリームはすぐに溶けてしまいそうなほどの乳脂肪分が含まれている。とても甘くて深みがある。 もちろんベルフラウがダンスして作った。 晴恋とアイギスが目を細めてソフトクリームを舐めている。「アイ、美味しいね」「うん」「でもこれ、ミルクがすぐにしたたるから」「早く食べる」「きゃるるぅっ」 すでに食べ終えたキャルル丸が口をべろりべろりと舐めている。 ベルフラウの隣には朧月がいた。彼女もソフトクリームを食べている。もう片方の手には酒ひょうたんがあり、ゴクゴクと飲んでいた。「うむ、このソフトクリームは美味よのう。ベルフラウさん、カードを少し分けておくんなんし」「それはいいけれど。あの、朧月さんはいつまでついてくるのかしら?」「なんじゃ、冷たいことを言うではないか。わちきは暇なんでありんす。どこまでもついていくでありんすよ」「別にいいけれど。もしかしてうちのギルドに入りたいの?」「いえ、ギルドに入るつもりはありんせん」「ふ、ふーん」「どなんした? もしかして、わちきに入ってほしかったんでありんすかぁ?」「い、いえ、別にいいのよ」「おーほっほっほ」(もう、何なのよこの人は) ベルフラウは眉をひそめて首をひねった。 雨がやんだ。 道具屋の扉から顔を出すと、道の向こうからトウマが歩いてくるのが見える。ベルフラウは外に出て手を振った。そこで眉をひそめる。 トウ
渡り通路をくぐった先に祭壇が見えてきた。祭壇には赤いケープを羽織ったガイコツがいる。両手に持つ杖を掲げ、空に向けて口を大きく開いていた。雨を吸い込んでいるようだ。口には水の渦が出来ている。地面の水が波立っており、ガイコツの足下へ集まっていく。吸収した水分は青いオーラとなり、ガイコツを包み込んでいた。 ボス、ガラボロス。 トウマが立ち止まって振り返った。自然とみんなの足も止まる。 トウマが凜々しい顔をひきしめた。「みんな、ガラボロスがいたぞ」「ご主人様、どうやって倒しますか?」 ウミが聞いた。濡れそぼった尻尾がたゆんたゆんと揺れる。「敵は祭壇の上にいるからな。とりあえず遠距離攻撃をしてみよう。敵が来たら、ウミ、前衛を頼めるか?」「お任せくださぁい」「おい、王子様!」 トワがハスキーボイスで声をかける。くっきりとした眉が男前である。「ん、どうした?」「俺は何をすればいい?」「トワさんも前衛だからな。ウミと同じ動きをしてくれ」「分かったけど。ちょっと待て!」「ん、何だ?」「王子様、俺のことはトワで良い。さんは要らねえ」「……トワさんで良くないか?」「この野郎おおぉぉおおお!」 トワが吠えた。 トウマがびくっとして後ずさりする。 ウミもさすがに猫耳を伏せた。 ニキは鼻の穴を膨らませて笑いをこらえている。 トワがふうと息をつく。注意するように声を紡いだ。「トワで良いからな」「そ、そうか。じゃあトワ、作戦通りよろしく頼む」「いいぜ、王子様」 トワがニヤと笑った。 トウマはニキに視線を向ける。「ニキさん、俺と一緒にボスを遠距離攻撃だ」「トウマさん、プラズミックガンで一掃すれば早くないかい?」「それはニキさんの判断に任せる」「オーケー! よおっ
カルチア遺跡。 朽ち果てた遺跡だった。正面には二階へと続く階段が見える。だけど階段だけだ。上のフロアはごっそりと崩れ落ちていた。天井のない茶色い壁で囲まれた砂地をウミは踏みしめて歩く。奥へ奥へと向かっていた。雨が降りしきっているせいで水着が濡れそぼっていた。長い茶髪もぐっしょりである。髪が肌にペタペタと張りついており、気持ちが悪かった。雷もゴロゴロと鳴っている。空がひび割れるような轟音だった。かなり怖い。鳴るたびにウミの尻尾が上へ下へと跳ねる。 瞬間、雷が落ちた。「ななな何ですか!?」 ウミは激しく動揺した。 雷が遺跡の壁を直撃する。 目がくらむようなフラッシュがあった。 轟音。 ウミたちはびっくりして両手で耳を塞いでいた。けたたましい音の後で、耳の奥がキーンと鳴る。壁には亀裂が入り黒く焦げていた。壊れた壁の欠片が地面にどすどすと落ちる。(……び、びっくりしたですぅぅ) みんながぎょっとした表情をしていた。 おそるおそる顔を見合わせる。 トウマが渋い顔で声をかけた。「みんな、気をつけて行こう」「王子様、守ってやるからな」 トワが頼もしい顔でトウマの肩に手を置いた。「いや、守らなくていいぞ」「守るつってんだろうが!」「……そ、そうか」 トウマは首をかしげている。 ウミは目を細めてトワの顔を凝視した。(この人、何か変ですぅ) ニキははらはらとしたようであり、それでいて笑いをこらえているようでもある。 再び歩き出す。 先頭ではトウマとトワが肩を並べている。肩の距離がやけに近い。トワはぶっきらぼうな口調だが、悪い人ではないみたいだ。だけどトウマと話すその顔が赤い。まるで恋する乙女のようだとウミは思った。 トワの格好は白い神職装束である。神官のようだった。身長はトウマよりも若干高い。185cmといったところか。肩や腕は露
カルチアの遺跡。 遺跡の入り口で、今まさにトワは息絶えようとしていた。壊れた壁に背中をつけて尻餅をついている。 遺跡にはどうしてか雨が降っている。だから暑くは無い。暑さデバフも無い。だけど先ほどサソリモンスターとの戦闘の際、尻尾に刺されてしまった。猛毒がトワのHPをドクドクと削っている。身体が緑色に染まっていた。デスペナルティが目前だった。(ちくしょう……俺は、死ぬのか?) 砂漠の町に来たところまでは良かった。 トワはすぐに服屋へ行った。ラグナシアの民族衣装、エバグルは暑さデバフを無効化するらしい。トワはエバグルを作るために、素材モンスターが出るこの遺跡に足を運んでいた。道具屋からはポーションを買い込んできていた。だけどちくしょう、解毒剤を買い忘れちまった。:トワさん、大丈夫!?:死んだなこれは……。 まぶたが重い。 視界がだんだんと暗くなっていく。 空を見上げる。口を開くと、雨つぶが唇と舌をポタポタと叩いた。 どんよりとした曇り空は、今の自分の心を代弁してくれているかのようだ。 ……もう、身体が動かない。 目も見えなくなってきた。 ダメだ。 死んじまう。 せめて、死ぬ前に粋の良い男と出会いたかった! トワが目を閉じようとしたその時だ。 ひたひたという静かな足音が近くで止まった。ラクダの足音のようだ。「グオォー」と間の抜けた声を響かせている。それと同時に三人の人間の声が聞こえてきた。「ご主人様、ここが遺跡ですか?」「そうみたいだな」「雨が降っているさ! ここにガラボロスがいるってことだよな」:誰か来た!:通りすがりの方、トワさんを助けて! 男が二人、女が一人いるようだ。女の声は子供っぽい響きがした。三人がラクダから降りる物音がする。男の一人がラクダにここで待っているように告げた。ラクダたちがその場に
晴恋が裁縫のミニゲームに挑戦していた。 カラオケである。 彼女の右手にはマイクが出現していた。 ステータス画面からはJポップのような軽やかな演奏が流れている。晴恋は両手でマイクを握り、流れる歌詞を読みながらノリノリで歌った。事前に三度ほどお手本を聴いている。晴恋の美しいソプラノが響き渡った。それはまるで天使のささやき声のようであり。声には伸びがあり、それでいて低音も良く響く。高音はアイドルの声のようにキュンとくるものがあった。 ベルフラウはただただ感動していた。(晴恋にはこんな特技があったのね) 晴恋の周りにはたくさんの騎士たちが集まっていた。晴恋の歌にうっとりと聴き入っている。傷ついて寝そべっていた者も立ち上がっている。騎士たちはアイスの効果でHPが回復したようだった。暑さデバフも無効であり、HPが自然回復している。みんなが満タンだった。:美しい歌声ね。:晴恋のリアルの職業は歌手か?:良い声してるw やがて、一分間ほどの歌が終わる。 周りにいた人間たちが次々と拍手を送った。喝采が響く。キャルル丸もウキウキと足を踏みならしていた。 晴恋【裁縫評価B】『レザーで編まれた軽装鎧のスキンカード』を獲得 裁縫の素材は緑の旅人が提供してくれている。 ベルフラウはびっくりとした。(たったのB評価なの?) てっきりS評価が採れると思った。 晴恋は「くぷぷ」と笑い、出来上がったスキンカードを傷ついた兵士に渡す。 騎士は頭を恭しく下げた。「も、もらっても良いんですか? あ、ありがとうございます」「はい。大事に着てくださいね」「は、はい! 着てみても良いですか?」「大丈夫ですよ」「それでは!」 騎士がステータス画面からスキンカードを装着する。白い光に包まれた。それは茶色いレザー製の軽装鎧だった。騎士が再び低頭する。「これがあれば、ラズーアとまた戦えます!」「ぜひぜひ、頑張ってくださいね」「ありがとう、ありがとう」 そして。 それからも緑の旅人に服の裁縫素材を提供してもらい、晴恋は歌い続ける。やがて、傷ついていた騎士たち全員の服が新調された。晴恋は満足そうな顔で喉を撫でていた。 ベルフラウが声をかける。「晴恋、お疲れさま」「ベルちゃん、ありがとう。私、ちょっと喉に違和感があるかも」「すごく上手だ
出発する前。一度ログアウトをしてみんなが昼食を摂った。 ベルフラウたちは今、ラクダの背に揺られていた。 ラクダの静かな足音がひたひたと鳴っている。カラッとした空気が漂う砂漠の地面を真っ直ぐに進んでいた。左にはスナネコが砂地の穴から顔を出している。(あら、可愛いわね) スナネコは耳をピンと立てて、こちらの様子をしげしげと眺めていた。前足を舌で舐めてペロペロと顔を洗っている。その愛くるしい姿を眺めて、ベルフラウは口角が思わず上がった。 ラクダに乗っている人間は三人いた。前方の騎士が目的地へと案内してくれている。その後ろにはベルフラウ。左手にはキャルル丸にまたがる晴恋とアイギス。そして右手にはどうしてか朧月がいる。彼女はラクダの上で、酒を飲みながらウキウキと身体を揺らしていた。(なんでこの人がいるのかしら?) どうしてかついて来ている。 暇なのかもしれなかった。:朧月さんって、私知ってる。あのトップギルドのマスターだった人でしょ?:そのギルド、今はもう無くなりましたよね。:どうして朧月さんがここにいるw これからこのメンバーで交易道を塞ぐモンスターを退治しにいくのだった。団長のトウマと副団長のベルフラウがチームリーダーとなり、二手に分かれている。 ベルフラウはアイスポーションキャンディをちろちろと舐めていた。 それを見た朧月が羨ましそうな瞳を向ける。「ベルフラウさん、時に、そのアイス、わちきにも一つ分けておくんなんし」(何よ) ベルフラウが顔を向ける。「いいけど。あの、朧月さん。どうしてついて来ているのかしら?」「どうしてか、でありんすか? だって、これはゲームでありんしょう? わちきはゲームをプレイしているだけでありんす」「ふ、ふーん。まあ、クエストを手伝ってくれるのならありがたいけれど」 ベルフラウがステータス画面からアイスの製菓カードを出す。朧月に差し出した。彼女は受け取り、「オープン」と唱える。アイスをぺろりと
草原の中心に、黒い渦を巻いてテラーウルフが出現する。残忍な顔つき、漆黒の体毛、巨大な白い牙。その圧倒的な存在感に、トウマの背筋から冷や汗が伝った。 テラーウルフが高々と吠える。 「ガアルルルゥゥッ!」 ドンと音がして空中に文字が表示された。 ――クエスト、テラーウルフの撃破 「ボスだ、逃げろ!」「俺は死ぬ訳に行かないんだー!」「私はせっかくレベル3に上がったんだからね!」 ウミがすぐに反応した。その表情は恐怖に彩られており、モフモフとした尻尾がピンと立っている。勢いよくこちらを振り向いた。 「ご主人様、どうすれば!?」「ウミ、動くな」 トウマは状況を冷静に分析する
村の北出口から外へと出る。 草原地帯があった。ところどころには岩がある。そこにいる魔物はフェアウルフの一種類。灰色の毛並みをした狼であり鋭い牙を誇っている。大型犬ほどのサイズだ。 狩りをしているプレイヤー数は多く、必死の形相でモンスターと戦っていた。 「俺の、俺の宿代をー!」「私はまだ朝食も食べていないんだからね!」「や、やべえやべえ、こいつら強えぞ!」 トウマは顔をしかめた。このゲームのプレイヤーはみんな無職なのだろうか? 分からない。(そう言えば、俺も朝食を食っていない) ドンと音がして、頭上に文字が表示された。 ――クエスト、フェアウルフの撃破 隣にいるウミ
村の広場。 トウマたちは木製のベンチに並んで腰掛けていた。 ゲーム内は昼間であり太陽が出ている。近くにある桜の木が花々を満開に咲き誇らせていた。そよ風が吹いて、花びらがチラチラと地面を舞う。木枝が揺れる音がした。 大きめの梅おにぎりを、ウミが両手で持ってむしゃむしゃと食べている。モフモフと尻尾を振っており、ご機嫌のようだ。満面の笑みを浮かべている。 「美味しいですぅ、美味しいですぅ」「そりゃあ良かった」「ご主人様、ありがとうございます」「味わって食えよ」 梅おにぎり、200ヴァル。 道具屋で買ってきたものだった。手痛い出費である。 トウマは広場の光景を眺めた。中心には噴
ゴーレムを倒し終えると、ノーファンの村へと二人は転移した。 辺りには木造りの民家が立ち並んでいる。遠くを見ると森や山があった。地面は土。その道路で、トウマとウミは隣り合って佇んでいた。 「普通の村だな」「そのようですね」「とりあえず、狩り場に行くついでに、村を見て回ってみるか」「はぁい!」 二人で並んで歩き出す。 すぐに他プレイヤーの姿があった。 横切っていく通行人。その顔色は明らかに沈んでいた。他にも座り込んでいる女性がいた。壁にもたれかかっている男。空を見上げている魔法使いふう。誰もが死んだ魚のような目をしている。 異変に気づいたウミが声をひそめてつぶやく。不安に揺れ







